葉加瀬太郎も絶賛!『ぴったんこカンカン』8/2放送で ”ロンドンっ子”大好き!トリュフ枝豆 登場!! それってどんなの⁈日本でも食べられるの?
《ぴったんこカン・カン》『ぴったんこカン・カン』は、TBS系列で2003年4月15日から放送されているクイズトークバラエティ番組である。
通称は『ぴったんこ』。モノステレオ放送(2015年9月4日より)、文字多重放送(2007年4月17日から)を実施している。
TBSアナウンサー時代の久米宏が司会を務めた『ぴったし カン・カン』のリニューアル版として、2003年4月15日から放送を開始する。元番組『ぴったし カン・カン』のタイトルは番組に提供していた日立の登録商標であり、日立が提供しなかったためにタイトルを変更した。
当初は「ぴったし」のテイストを引き継ぎクイズを主体としていたが、安住らによるトークやコントが増えて2018年現在はロケーションVTRが番組のほぼ全編を占め、出題されるクイズは通常1問もしくは2問のみで、スタジオ収録部分はごくわずかとなっている。初回のゲストは黒柳徹子。
番組放送開始当初は、毎週火曜日19:24 – 19:54(JST)30分間の視聴者参加クイズ番組で視聴率は不振であった。打開のために6月で視聴者参加を打ち切り、男性タレントが“ぴったんこチーム”、女性タレントが“カン・カンチーム”での対抗戦に変更した。「1時間番組にして欲しい」という視聴者の要望に応えて開始から半年後の2003年10月から1時間枠に拡大し、グルメ・旅・占い等オールロケのVTR中心にしてクイズは1問になった。
《トリュフ枝豆》
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《料理研究家 上田麗子のブログ》
オリーブオイルに白トリュフを混ぜた薫り高きオイルが
手に入った。揚げたジャガイモにふりかけるとたまらない
らしい。そして確かに美味しいが揚げじゃがとオイルでは
かなり高カロリー。。。
こういうものはさすがに美味しかもしれないが敬遠してしまう。
そこで作ったのが枝豆にトリュフオイルをかけて混ぜてみた。
少しチーズも加えた。。。うーん、これなら美味しい上にヘルシー。
ワインにもよくあう。。。。
しかしこんなにも手軽にトリュフが味わえるなんて今の世の中
トリュフ枝豆
【使用商品】
トリュフソース
材料
(2人分)
枝豆(冷凍)…200g
★トリュフソース…40ml
食塩…適量
作り方
1.枝豆は解凍しておく。
2.ボールで1、塩を加え、トリュフソースを和える。
3.器に盛る
《トリュフ塩とは》
《白トリュフ塩と黒トリュフ塩の違い》
トリュフにも白と黒があり、白の方が希少性が高く価格も黒の約2.5から3倍します。ただ、塩になると価格差は少なく、お手頃に手に入るため、どちらも購入して食べ比べをする方が多いみたいですよ。
味わいはというと、白トリュフはにんにく、黒トリュフは海苔の佃煮と例えられることが多いです。
(記事makatoniさん)
《ぴったし カン・カン》
『ぴったし カン・カン』は、1975年10月7日から1986年3月18日までTBS系列局で放送されていたTBS製作のクイズ番組である。
ぴったし カン・カン | |
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ジャンル | クイズ番組 |
企画 | 秋房子 |
演出 | 増井昭太郎 加藤嘉一 岩原貞雄 杉山広司 島津剛史 関谷浩至 熊谷信也 |
出演者 | 久米宏(初代司会) 小島一慶(2代目司会) 吉田照美(3代目司会) 萩本欽一 坂上二郎 ほか |
テーマ曲作者 | ボブ佐久間(久米司会・モノラル時代)→ボブ佐久間・土持城夫(久米司会・ステレオ時代)→不明(小島時代)→不明(吉田時代) |
プロデューサー | 西村邦房 長谷部務 |
制作 | TBS |
放送 | |
音声形式 | モノラル→ステレオ |
放送国・地域 | 日本 |
30分番組時代 | |
放送期間 | 1975年10月7日 – 1984年9月25日 |
放送時間 | 火曜 19:30 – 20:00 |
放送分 | 30分 |
38分番組時代 | |
放送期間 | 1984年10月9日 – 1986年3月18日 |
放送時間 | 火曜 19:20 – 19:58 |
放送分 | 38分 |
概要
タレントだけでなく一般人も出場していた視聴者参加型番組。殆どの期間においては久米宏が司会を、コント55号の萩本欽一と坂上二郎がチームキャプテンを務めていた。
クイズ番組ならではのスリルを味わうような肩肘張った内容ではなく、大喜利的な要素を持つトーク重視の内容だった。久米は、この番組での軽妙洒脱な司会ぶりで全国的な人気を得た。
「ほにゃらら」という言葉は、久米が問題を読む際「このとき思わずほにゃららと叫んでしまいました。なんと叫んだのでしょうか?」というように出題時の正解部分に使い、広く使われるようになった。「ほにゃぺけ」という言い方もあった。
またこの番組は、日本のクイズ番組史上初のVTR問題を出した番組でもある。フジテレビの『なるほど!ザ・ワールド』も同様のスタイルを取っていたが、本番組はそれよりも6年早く始められている。
企画の発端はテレビ局のスタッフや作家などを集めて行われた萩本宅での新年会で、古くからある古今東西ゲーム(山手線ゲーム)をヒントにして発案された。これは、司会役が「古今東西、花の名前!」とお題を出せば対戦者同士が花の名前を競って口にし、途中で一度出た花の名前を言ってしまったり途切れたりすれば負けとなるゲームで、このゲームが持つスピード感をクイズ番組に活かせないものかと提案された。よって企画クレジットには、萩本が各企画・主演番組で用いていたペンネーム「秋房子」(あき・ふさし)が挙がっている。番組開始前の萩本は、自身と坂上それぞれの個人活動が増えてコント55号としての活動に限界を感じていた頃であり、またコント以外の新しい番組を模索しはじめていた頃でもあった。
当時『55号決定版!』の担当者で、先述の新年会に招かれていたTBSのプロデューサーは奔走し、長年「55号枠」として定着していた火曜19:30枠を使っての番組スタートにこぎつけた。番組タイトルは、「クイズに正解(=ぴったし)したときになる鐘(=カン・カン)」に因んで付けられた。実際に久米から正解、または正解の内容に近い解答で「おまけ正解」と見なされた場合、「ぴったし カン・カーン!」の叫び声とチューブラーベル(録音)が鳴らされた。
番組制作は2週分をまとめて行うスタイルで、まず1本目を生放送した後、撮って出しの形で翌週放送分を収録していた。萩本は、当時本番組の生放送・収録直前の時間まで自身企画・主演の『欽ちゃんのどこまでやるの!』(テレビ朝日)の収録に参加しており、同番組の収録が延びて本番組の生放送に遅刻寸前という事態がしばしばあったという。
番組は、直前の時間帯に放送されていた『ザ・チャンス!』(1979年放送開始)ともども高視聴率をマークしていた。最高視聴率は1979年11月20日放送分での37.6% (ビデオリサーチ・関東地区調べ)。当初はトクホン本舗(鈴木日本堂=現・トクホン)の一社提供で放送されていたが、中期以降は複数社提供となった。